介護事業所のAI活用、始める前に決める3つのこと|個人情報の線引きから
「ChatGPTを試してみたが、それきりになっている」
「便利そうだとは思うけれど、利用者の情報を入れてよいのか分からない」
介護事業所の管理者の方から、こうした声を伺うことが増えました。
AIの使い方を紹介する情報はすでにたくさんあります。それでも事業所として使い始めるときに詰まるのは、操作方法ではありません。「どこまで任せてよいのか」の判断がつかないまま、なんとなく手が止まってしまう。この段階でつまずいているケースがほとんどです。
この記事では、介護事業所がAIを使い始める前に決めておきたいことを、3つに絞って整理します。専任の担当者を置ける事業所は多くありません。管理者が現場と兼務したまま、隙間時間で進められる範囲に絞ってお伝えします。
介護の現場ほど、AIに任せられる事務作業が溜まっている
AIが力を発揮しやすいのは、介護そのものではありません。その周りにある書きもの・調べもののほうです。
お知らせ文、研修の資料、求人票、会議のたたき台。直接ケアではないけれど誰かがやらなければならない仕事は、たいてい管理者の手元に集まります。ここが、AIを試す入口になります。
人手は増えないのに、書類は減らない
厚生労働省は令和6年7月12日、第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数の推計を公表しました。それによると、必要数は2026年度に約240万人、2040年度に約272万人とされています。2022年度の215万人と比べると、2040年度で約57万人の増加が必要という計算です。
一方で、書類の量が自然に減っていくわけではありません。国もこれを課題として認識しています。社会保障審議会介護保険部会のもとには「介護分野の文書に係る負担軽減に関する専門委員会」が置かれ、様式の標準化などの議論が続けられています。
つまり、人を増やして書類仕事をこなす前提は、これから先そのままでは成り立ちにくくなっていきます。書きものにかける時間をどう縮めるかは、事業所ごとに考えざるを得ない状況です。
「AIに介護をさせる」のではなく、書きものを手伝ってもらう
ここで期待値を合わせておきたいことがあります。AIは、介護の判断を代わりに下してくれる道具ではありません。
アセスメントの判断、ご家族への説明の重み付け、職員同士の申し送りの機微。こうした部分は、現場を知っている人にしか扱えません。AIに向いているのは、白紙から文章を起こす手間を減らすこと、長い資料を要約すること、言い回しを整えること。この範囲です。
「AIを入れれば業務が楽になる」と考えて始めると、期待と実際の差に失望して終わります。「白紙から書く時間だけを減らす」くらいの見立てから始めるほうが、結果的に続きます。
決めること① どこまで入力してよいか、線を引く
最初に決めるのは使い方ではありません。AIに入れない情報の範囲です。
ここを曖昧にしたまま職員に「使ってみて」と伝えると、それぞれの判断で利用者の情報が入力されてしまう可能性があります。順番として、線引きが先です。
利用者の情報は入れない、から始める
個人情報保護法には「要配慮個人情報」という区分があります。本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴などが含まれる個人情報で、取扱いに特に配慮を要するものとされています。政令で定める記述等には、身体障害・知的障害・精神障害などの心身の機能の障害があることも含まれます。
介護事業所が日常的に扱う情報は、この要配慮個人情報にあたるものが少なくありません。介護記録、アセスメントシート、サービス担当者会議の記録、ご家族から伺った病歴。いずれも慎重な取扱いが求められる情報です。
そのため、出発点はシンプルに置くことをお勧めします。利用者・ご家族・職員個人が特定できる情報は、AIに入力しない。ここから始めれば、判断に迷う場面はかなり減ります。
名前を消せば安全、とは限らない
「氏名を伏せ字にすれば大丈夫でしょうか」というご質問をいただくことがあります。
氏名を消すこと自体は意味のある対応です。ただし、それだけで特定できない情報になるとは限りません。小規模な地域では、年齢・性別・疾患名・利用日といった要素の組み合わせから、誰のことか分かってしまうことがあります。
匿名化や仮名化をどう扱うかは、加工の程度や情報の性質によって判断が変わる部分です。自己流で線を引くのは避けてください。個人情報保護委員会と厚生労働省は「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」を示しています。まずはこれを確認し、判断に迷う場合は専門家に相談することをお勧めします。
無料で使えるサービスほど、入力内容の扱いを先に確認する
個人情報保護委員会は、令和5年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を公表しました。そのなかでは、個人情報取扱事業者が生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合の考え方が示されています。特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることに加えて、サービスの提供事業者が、入力された個人データを応答結果の出力以外の目的(学習等)に取り扱わないことを、十分に確認したうえで入力する必要がある、という内容です。
利用規約とプライバシーポリシー、学習利用に関する設定を確認し、判断に迷う場合は個人データを入力しないでください。
あわせて公表されているリーフレットでは、入力した内容がAIの学習データとして利用される場合があることにも注意が促されています。
無料で使えるサービスは試しやすい反面、入力内容の扱いが有料プランや法人向けプランと異なることがあります。事業所として使うのであれば、使い始める前に利用規約と設定画面を確認してください。学習への利用をオフにできるかどうか、履歴を残さない設定があるかどうかは、確認しておきたい項目です。
迷ったときの一文を、職員に配る
ルールは、読まれなければ機能しません。分厚い規程を作る前に、まず一文だけ決めて共有するほうが実務的です。
・利用者・ご家族・職員個人が特定できる情報は入力しない
・判断に迷ったら入力せず、管理者に確認する
・使ってよいサービスと、使ってよい業務を事業所で決めておく
この3行を職員に配り、目につく場所に掲示しておくだけでも、入力してよいかどうかの判断がぶれにくくなります。
個人データを取り扱う事業者には、平時から、その取扱いに必要かつ適切な安全管理措置と従業者への周知・教育が求められます。
AIを用いることで入力先や取扱方法が変わる場合は、利用してよいサービス、入力を禁止する情報、利用できる職員の範囲、確認手順、事故時の連絡体制について、既存の個人情報取扱規程や運用手順で十分かを確認し、必要に応じて見直してください。
決めること② 個人情報を含まない仕事から順に試す
いきなり記録業務から始めると、たいてい途中で止まります。
記録は、個人情報を扱う業務であると同時に、書き方の作法が決まっている業務でもあります。最初の一歩には向きません。順番を選ぶことが、続けられるかどうかを分けます。
最初の3つ──お知らせ文、研修資料のたたき台、求人票の下書き
始めやすいのは、個人情報を含めずに作成できる次の3つです。入力するメモや参考資料に利用者・ご家族・職員などの個人情報が含まれていないことを確認したうえで試してください。失敗しても実害が比較的小さく、できあがりが目に見えやすい業務です。
・ご家族向けのお知らせ文:行事の案内、感染症流行時の面会ルールの変更、料金改定の連絡など。伝える内容を箇条書きで渡し、案内文の形に整えてもらう
・研修資料のたたき台:テーマと対象者と時間を伝え、目次案と説明の骨組みを作ってもらう
・求人票の下書き:仕事内容や条件のメモを渡し、読みやすい文章に整えてもらう
とくに求人票は、書き慣れていないと手が止まりやすい文書です。下書きが数分で出てくるだけでも、着手のハードルは下がります。求人票そのものの書き方については、デイサービスの求人票の書き方完全ガイドで解説していますので、あわせてご覧ください。
記録・報告の下書きは、線引きとルールが固まってから
記録業務にAIを使いたい、というご相談は多くいただきます。手間が大きい業務なので、当然の発想だと思います。
ただ、記録は利用者の心身の状態を扱う業務です。要配慮個人情報にあたる内容が含まれることも珍しくありません。事業所としての線引きと入力ルールが固まる前に手を付けると、判断が職員任せになってしまいます。
先に挙げた3つで使い方に慣れ、事業所のルールが定まってから検討する順番をお勧めします。この論点は、シリーズの後の記事であらためて詳しく取り上げます。
専任者を置かずに回すなら、1人が1業務を3回試す
AI導入というと、研修を開いて全職員に広める形を思い浮かべるかもしれません。専任の担当者を置けない事業所では、この進め方は負担が大きくなります。
現実的なのは、まず1人が、1つの業務で、3回試すことです。
1回目は、思ったものが出てこないかもしれません。2回目で頼み方を変え、3回目でようやく「これなら使える」という手応えが出てきます。1回で判断して「使えない」と結論を出すのは早すぎます。
3回試して形になったら、その頼み方をメモにして次の人に渡す。これを1業務ずつ広げていくほうが、一斉研修より定着しやすいと考えています。
決めること③ 最後に確認するのは人、という順番を崩さない
AIの文章は下書きであって、事業所の文書ではありません。
この順番を崩さないことが、3つ目の決めごとです。仕組みとして決めておかないと、忙しい日に飛ばされます。
出てきた文章は「事実」と「基準」の2つで確認する
確認するポイントは、大きく2つに分けられます。
ひとつは事実です。日付、金額、人数、制度の名称、加算の要件。AIは、それらしい形式で誤った情報を出すことがあります。数字と固有名詞は、元の資料に戻って突き合わせてください。
もうひとつは基準です。介護の文書には、運営基準や解釈通知で求められる要素があります。文章として読みやすいことと、基準を満たしていることは別の話です。
研修記録、訓練記録、重要事項説明書。これらの合格ラインを決めるのはAIではなく、自事業所に適用される基準と指定権者の取扱いです。読みやすくなった文章を、基準の観点でもう一度読み直す工程を残してください。
複数回チェックしても、誤りは残ることがある
ここで押さえておきたいのは、確認を重ねれば誤りがなくなる、というものでもないという点です。
人が何度読み返しても、見慣れた文章の誤りは目に入りにくくなります。同じ内容が本文と見出しと添付資料に散らばっていると、本文だけ直して見出しに古い記述が残る、という取り残しも起こります。AIにチェックさせた場合も同じで、書いたAIと同じ考え方でチェックすれば、同じ思い込みが残ったままになりがちです。
だからこそ、単独の目を信用しないという考え方が要ります。書く人と確認する人を分ける。チェックする側には、事実の裏付けを一次情報で示してもらう。そのうえで、最終的にどう直すかは人が判断する。この順番を決めておくことが、確認を回数だけの作業にしないための備えになります。
責任は、提供元ではなく文書を出した事業所にある
AIが作った文章に誤りがあったとしても、その文書を利用者やご家族、行政に出したのは事業所です。サービスの提供元が責任を引き受けてくれるわけではありません。
この点を職員と共有しておくと、「AIが書いたので」という説明が通らないことが自然に理解されます。下書きは道具、最終確認は自分たちの仕事。この線が引けていれば、使い方を過度に恐れる必要もなくなります。
今日からできること
準備に時間をかけるより、1つの文書で試すほうが早く分かります。
3つの決めごとが固まったら、次の順番で動いてみてください。
・1日目:「利用者・ご家族・職員個人が特定できる情報は入力しない」の一文を決め、職員に共有する
・2日目:ご家族向けのお知らせ文を1本、AIに下書きしてもらう
・3日目:出てきた下書きを自分で直し、どこを直したかを見返す
3日目の「どこを直したか」が、いちばん学びになる部分です。事実の誤りだったのか、言い回しの硬さだったのか、事業所らしさの不足だったのか。ここが分かると、次の頼み方が変わります。
このシリーズでは、今回の3つの決めごとを土台に、採用文書、SNS・広報、研修や会議の資料、記録・報告の下書き、BCPなどの計画類と、業務ごとの進め方を順に取り上げていく予定です。どの回でも、入力してよい情報の線引きと、人が最終確認する順番は変わりません。
BCPについては、すでに作って終わりのBCPを動く計画に変えるで見直しと訓練の進め方を解説しています。計画類の作成にAIをどう組み合わせるかは、シリーズの後の回で扱います。
よくある質問(FAQ)
Q. 介護事業所でChatGPTなどのAIを使っても問題ないのでしょうか?
Q. 利用者の名前を消せば、介護記録をAIに入力してもよいですか?
Q. AIの利用について、事業所内ではどんなルールを決めておくとよいですか?
Q. AIを使うと、どのくらい業務時間を減らせますか?
まとめ──線を引いてから、小さく試す
介護事業所のAI活用は、入力してよい情報の線引き、試す順番、人が最終確認する体制。この3つを決めるところから始まります。
どれも高度な準備ではありません。一文のルールを決め、お知らせ文を1本作ってみて、自分で直す。ここまでなら、専任の担当者がいなくても今日から始められます。
逆に、この3つを飛ばして使い方だけを広げると、個人情報の扱いが職員任せになったり、確認されないまま文書が外に出たりする恐れがあります。順番を守ることが、遠回りに見えてリスクを抑えながら進めるコツです。
RadiantCoCoでは、介護・医療事業所向けのAI導入支援を行っています。どの業務から手を付けるか、事業所内のルールをどう決めるか、といった段階からのご相談も承っています。進め方に迷われている場合は、お気軽にお声がけください。
【参考資料】
・厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41379.html)
・厚生労働省「介護分野の文書に係る負担軽減に関する専門委員会」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05896.html)
・個人情報保護委員会「「要配慮個人情報」とはどのようなものを指しますか。」(https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq4-q011/)
・個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/)
・個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/)
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